■使命
今、ベトナムの医師たちはやる気に燃えている。学びたいという意欲も半端じゃない。彼らの気持ちに応えるために、僕は自分の持っている知識や経験など惜しみなくすべてを捧げてきた。指導中に喧嘩したことも何度もある。言うことの聞けない研修医師には退場を命じたこともあった。患者さんのことを想うことのできない医師は、たとえ素晴らしい技術があったとして、僕は評価をしない。まずはそこが原点だ。ベトナム人医師の中にも、患者さんを踏み台にして自分のスキルアップを図ろうとする奴もいる。そんな姿を見ると非常に心が痛む。手術中にヘルプしてほしいと頼まれると、見過ごすわけにはいかない。患者さんに罪はない。むしろ被害者だ。どうしてこんなひどい状態になるまで、手術をやり続けたんだと憎むことさえもある。自分の家族を治療しているという気持ちがあれば、どうしたらいいのかすぐにわかるはずだ。心のある医師は、トラブルが起きる前に必ず声をかけてくれるが、心のない医師は、トラブルが発生し、自分で処理しようとしさらに状況が悪化し、にっちもさっちもいかなくなってからヘルプを呼ぶことが多い。そんな医師に出会ってしまうのも運命かもしれない。
つい先日、聖マリアンナ医科大学の学園祭で講演する機会があった。そのときに、医学生から『どうしたらそんな患者さん想いの考え方ができるんですか』との質問がきた。これは理論で解決できる問題ではないし、いくら頭の中で考えても答えはでてこないだろう。自分で体験し、感じることが必要だ。自らが何か病気を患い、患者さんの立場になってみないと本当の気持ちは理解できない。入院しベッドで一人寂しく寝ていると、白衣をまとっている人は天使に見えてくる。しかし、白衣を着る立場にずっといるとそんな弱者の気持ちがわからなくなるし、その権威に麻痺してしまうこともある。また、『国際的な医療貢献活動に興味があり、将来はそうした仕事をしてみたい。どうしたらいいのか』と学生らしい質問もあった。僕は、自然体でいるのがいいと答えた。まだまだ学生だし、臨床実習もはじまったばかりだ。今から○○しなければと考えてしまうと、将来のいろいろな可能性を失ってしまう。僕もベトナムでボランティア活動をやろうと思って医師になったわけじゃない。
このボランティア活動を通じて給料をもらっているわけではない。むしろ、お金は出て行くばかりだ。だから日本に帰ってアルバイトをして、その資金を捻出しまた戻ってくる。現場でも泥んこになる覚悟が必要だ。キレイ事だけではすまないことも多い。正直言って、やってられないと思うこともしばしばある。どうしてそこまでやるのかと不思議に思う人も多いだろう。でも、困って助けを求めている人に出会ってしまうと、自然と心が動かされてしまう。なんとかしたいと。考えるから行動できるのではなく、何かを感じるから行動できるのだ。
この数年間の指導がやっと効果をあげ、日本や欧米の大学病院の医師よりも優れた技術とハートを持つベトナム人医師も育ってきた。目指す世界トップレベルの医療だ。医療は名声や地位を得るものでもない。ましてや金儲けの手段に使うなんて言語道断だ。本当にそれを必要としている人に施すこと。ただそれだけを考えればいい。それが医師の使命であると。『使命』、それは読んで字のごとく、命を使うと書いてある。自分の命をかけてやり遂げることだ。どんなことでも命をかけてやれる仕事は尊いと思う。
僕の専門分野は眼科の中でも、網膜硝子体疾患と言われる分野でいわゆる眼底疾患である。網膜剥離、黄斑変性症、糖尿糖尿病網膜症など。しかし、眼の病気には網膜の疾患以外にも、緑内障、ぶどう膜炎、角膜疾患、視神経疾患などもある。そうした分野も発展させるために、日本の病院での研修にも取り組み始めた。そこで、いろいろな施設や病院に相談しているが現実は厳しい。英語が話せるスタッフが少なく、外国人医師の面倒を見るのには手間がかかり、病院の利益にはならないという考えからだ。しかし、本当にそうだろうか。グローバルな視点に立てば医療の発展に役立つことだ。すぐに結果が出なくても、いつか必ず実を結ぶ時がくるはずだ。人にものを教えるのは時間とエネルギーが必要だ。しかし、地道に教えていかないと人は育たない。
うれしいことに、2004年には僕の活動に賛同し、京都府立医科大の関係者有志らがNPOアジア失明予防の会を立ち上げ、無償の活動をサポートしてくれている。2006年には高知県の町田病院が呼びかけに応じてベトナム人医師をこれまでに4人も受け入れてくれた。病院のスタッフの方々にはとても感謝をしている。また、京都府立医大には5人目のベトナム人が研修医としてやって来た。今後はこうした交流を定期的にやっていけるシステムも作っていきたい。そして帰国した彼らの技術を生かせるための物質面での援助も継続的に必要だ。
同じ年、念願の移動診療所が完成した。大型観光バスの車体をモデルとして最新の器材を装備したモバイルバスだ。日本ベトナム経済委員会のメンバーの方の働きかけで、日本経団連からの3000万円の資金援助で実現した。過去に誰もつくったことがないものだから、いろいろな人から知恵を借り、教えてもらいながらできあがった。
このバスは僕の地方でのチャリティー活動の専用車として使うのではなく、国立眼科病院に寄贈してもらった。その方が継続的かつ効果的に使えるからだ。当初このバスを寄贈するにあたって、誰がメインテナンスの費用を出すのか、どこに駐車するのか、誰が運転するのかなど、いろいろなことが問題に上がった。粘り強く交渉し、病院側にすべて了承してもらった。今ではあの時に議論したことが嘘のように、非常に有効に活用されている。このバスがあればベトナム全土どこにでも行って治療できるのだ。バスの車内で手術ができるようにも設計した。発電機も装備してもらったので、電気のない場所、病院も診療所もないような地方の小さな村にも出張診療できる。これでハノイに来られない患者さんたちを救うことができるし、地方医療のレベルアップにもつなげられるかもしれない。また、つなげられるよう願っている。少しずつ活動の輪が広がり始めている。
お問合せは:
NPOアジア失明予防の会
〒602-0855
京都市上京区西三本木通荒神口下ル
上生洲町197-1京都府立医科大学学友会内
TEL:075-257-3585 FAX:075-256-0571
www.asia-assist.or.jp
会員登録の申込みは上記WEBサイトよりお願いします。
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